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 もう一カ月程前のことだが8月11日(火)に甥の納骨に立ち会った。生前は百キロはあるかと思える巨体が、小さな骨壺に収まっている。午後一時に母親と横浜高島屋前で待ち合わせ、かみさんと三人で三ッ沢の墓地に着いたのは一時半頃であった。親族とお寺から来て頂いたお坊さんの総勢十四人ぐらいが、墓の周りに黒装束に身を包み立っている。お坊さんのお経が始まったが日射しが強く、母親の身体が心配になり、不謹慎だが短く終わってほしいと願った。墓を開けるとひと際派手な骨壺が見え、ふと記憶がよみがえった。あの骨壺は確か親父のだ。こんな小さな墓穴の中でも、見栄っ張りった親父の生前の思い出がよみがえる。人様のお墓で申し訳ないが、脇にハンカチを敷いてお袋を座らせた。長く感じたお経が終わり、そこで三々五々となった。「なにかおいしいものを食べに行かない?」とお袋に言われ、「よし、じゃあ中華にでも行こう!」と意気投合して、久しぶりに中華街へと向かった。
 中華街には高校生の頃、レッドシューズという店に箱バンドとして出ていたので、よく行ったものだが、あの頃と今とでは昼と夜の違いほどある。1967年頃の夜の中華街は、カツアゲやケンカが絶えない街であったが、今は健全な観光地になった。昔の中華街は料理人の味が様々だったが、二代目、三代目と引き継がれ、どの店も同じような味と言われている。
 行先は中華街では行きつけの店、上海料理の四五六にした。たまには浮気心で変わった店に入りたくなることもあるが、お袋とカミサンと一緒ならメニューを見なくても頼める店の方が良かったからだ。オコゲ、チンジャオロース、空心菜の炒め物、海老チリなどを頼み、瓶ビールを飲み干す。ふと今日の納骨の儀式を思い出す。人は死ぬと葬式をされて焼き場で焼かれ、骨になって壺に入り墓に入るが、その儀式には意味があるのだろうか。野生では、老いて死ねば他の動物の餌となり糞となり、そして草木の肥料になって、その実をまた動物たちが食べる。“生き死に”とは、その繰り返しではないのか。なぜ人間だけが違うのか。チベットでは鳥葬がまだ存在している。中国は非衛生を提言して火葬を進めたが、今でも千ヶ所の鳥葬場所が存在しているとのことだ。海に散骨するのも、魚の腹に入るのなら願ったりである。生きている間に何万匹の魚を食したのだから、そのくらいはお返してあげたい気にはなる。それにしても四五六の五目オコゲは旨い…。
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